京の景観に将来像を

町並に秩序取り戻せ

京都新聞 1998.7.28 オピニオン解説




 21世紀を目前にひかえ、来るべき21世紀はどうあるべきかという論議があらゆる分野で行われています。京都市でも21世紀の京都像について、市民3万人を対象に実施したアンケート調査の結果を発表しました。まちの将来像については、「安心して暮らせる都市」が50.2%でトップ、「町並の美しい都市」が38.4%と続いています。「安心して暮らせる都市」であって欲しいという願いがトップなのは、市民一人一人の生活に直接かかわる問題であるから当然として、「町並の美しい都市」であって欲しいとの願いが二番目に多いという結果には、大きな驚きと希望を感じます。

■町並の美しい都市には

 「町並の美しい都市」づくりを目指すにはどうすればいいのだろうと考える時、都市景観はどんな要素で成り立っているのかを見る必要があります。大きく分けて、空や山や河川による大景観。道路とそれに面した建物や塀、公園、橋、それに電柱、標識、バス停、公衆電話、看板、ごみ箱などの付帯設備によって形成されている中景観。そして個々の要素の持つ素材、形や大きさ、色彩が見せる小景観によって織り成されていると言えるでしょう。そしてその景観は商業地域、住宅地域などの用途、歴史的経緯、気候風土の違いといった地域特性により表情はそれぞれに大きく異なります。

 美しい景観をつくり出すには、これらの要素を一定の秩序の枠内に、それぞれの存在理由の順位を守りながら、突出することなく調和を保ちながら存在させるように気配りをしていくことに他なりません。ここでの一定の秩序は、市民の意見を中心に、世界の意見にも耳を傾けてのコンセンサスを得たものである必要があると考えます。

 京都の町並景観の現状や計画を見て、気になる点は枚挙にいとまがありません。大景観に関しては、山紫水明と言われる京都の生命線である鴨川に、パリのポン・デ・ザール(芸術橋)を模した橋を架けるという無節操な計画。中小景観では、中京区に多く見られる、バブル経済崩壊後の空き地やガレージによる町並の虫食い状態の問題。市内全域で展開中の、新たに建てられる建築デザインの無秩序な状態。四条通や河原町通、周辺道路に林立する大型看板、けばけばしい色に塗られた商業建築、個々の店鋪に見られるこまごまと重複した看板や、騒色といえる桃太郎旗などなど…。世界に誇る文化首都京都を標榜する姿は、周辺の神社仏閣にしか見られない状態でいいのでしょうか?

 京都の町並を、かつての旧市街に見られた、町家が整然と並んだ姿に戻す事は、実際問題として不可能な事と誰もが考え、新たな京都のアイデンティティある町並のイメージを持てないまま、老朽化のための建て替えや新築が建築業者のリードにより進んでいます。その結果の町並は、無国籍状態への歩みを速めているとしか映りません。

■行政と二人三脚

 それぞれの地域の将来像を、そして京都の全体像を、誰がイメージしコントロールしようとしているのか…。今までは行政がその任を果たしてきましたが、その結果は現在の姿であり、このままでいいと思っている人は少ないはずです。行政は住民の意向を聞きながらマスタープランを作り、法制化し、実施にうつす機関であるならば、主体である住民が本気で現状を点検し、将来への夢と希望を持って、行政と二人三脚で取り組む必要があるでしょう。住民主体のまちづくりは、むこうさんげんりょうどなりの人々との会話を、日常的に始める事からはじまると考えます。

 京都にも財団法人京都市景観・まちづくりセンターが設立されました。市民のボランティアを広く募り、地域、人的情報の収集から、まちづくり支援活動に拡大していく動きが始められています。これらの組織とも連動しながら、地域独自の望ましい将来像を描き始めるのも、まちづくりの方法の一つではないでしょうか。私の住む醍醐の町内会ではインターネット上に地域情報を発信する事で、「見られることに耐えられる町にしよう」との試みを始めました。

http://daigono1.info/

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